高校生時分

もうすっかり秋めいてきたので、高校生時分の閑話も終わりにしよう。 小又大滝の一件から一週間が経った。 あの日、映は逃げる事を選んだ。自らの命を絶つ事で。 私は未だ上手く整理できずにいる。 整理できないまま、穏やかな時間だけを渡されてしまった。…

もうすっかり秋めいてきたので、高校生時分の閑話でもしよう。 全部を失う。その言葉の意味するところを理解できないわけではない。映はここで、哲学も、釈迦郡も始末する気なのだ。 気になるのは、そこに私自身の命は含まれるのか否か。 含まれないとすれば…

もうすっかり秋めいてきたので、高校生時分の閑話でもしよう。 「シュカさんを返してもらおうか」 「すぐ返しますよ。死体として」 安良城は釈迦郡の後頭部を押し下げて、首元にナイフの切っ先を突き付けた。怯え切って言葉を失っている釈迦郡を尻目に感心し…

もうすっかり秋めいてきたので、高校生時分の閑話でもしよう。 私達の車は一度県道を使って北上した後、小又林道と呼ばれる道路を走行していた。路面の凹凸を体感できるほど舗装が甘いその道は、白線も満足に引かれていない。遠くには太平山をはじめとする山…

もうすっかり秋めいてきたので、高校生時分の閑話でもしよう。 地下から戻って『精神病態医学研究所』の中を歩く。水主の姿は、診察室にあった。口から泡を吹いて、冷たい床に臥せっている。デスクにはメタノールのボトルが置かれており、周囲にアルコール臭…

もうすっかり秋めいてきたので、高校生時分の閑話でもしよう。 ――― 『ああああああッ!』 男は、赤い涙を…… いや、神経線維を両目の隙間から垂らして悲鳴をあげた。悲鳴と言うよりは大声だろうか。だがそれが善意ある誰かの耳に届く事はなかった。防音性に富…

もうすっかり秋めいてきたので、高校生時分の閑話でもしよう。 「――ほら、早く起きろ。朝食が冷めるぞ」 深い水底から浮き上がるように、意識が覚醒した。暴力的な陽射しがカーテンと瞼を難なく透過して、油断しきった瞳孔に入り込む。 薄っすらと瞼を開けて…

もうすっかり秋めいてきたので、高校生時分の閑話でもしよう。 「良い天気だね」 ベンチに腰掛けている釈迦郡がふいに言葉を発した。いつもと変わらない楽観的な口調と、楽観的な話題…… を装っている。 梅雨明けも間もなくというこの時期は、どこで息を吸っ…

もうすっかり秋めいてきたので、高校生時分の閑話でもしよう。 私はファストフード店を後にして、高校へと続く道を急いだ。途中、寄り道をすべきか悩んだが、高校に向かう事を選んだ。ある種の現実逃避だという事は理解している。もっと確実で、手っ取り早い…

もうすっかり秋めいてきたので、高校生時分の閑話でもしよう。 「教育って言っても、別に大した事はしてないですよ。それに誰でも良いってわけでもなくて。ある程度の素養がないと望ましい効果は得られないんです」 私は対面に座る安良城には目もくれず、テ…

もうすっかり秋めいてきたので、高校生時分の閑話でもしよう。 雀の鳴かなかった朝から一週間後が経った、七月十二日の月曜日。私は重い身体を引き摺って高校に向かっていた。日頃の運動不足が、という言い訳は昨日の海水浴で散々してきた。筋肉痛程度なら大…

もうすっかり秋めいてきたので、高校生時分の閑話でもしよう。 両手に抱えなければならないほどの手紙をリビングのテーブルに放って、私はひとまず、シャワーを浴びた。海水に塗れてベタベタになっている身体を一刻も早く洗い流したかった。よくよく観察する…

もうすっかり秋めいてきたので、高校生時分の閑話でもしよう。 「お姉ちゃん…… これ、全部やるの?」 「あったりまえでしょ。その為に休憩中に抜け出して買ってきたんだから」 山と積まれた花火を前にして、釈迦郡の姉――宗年が誇らしげに胸を張った。 時間の…

もうすっかり秋めいてきたので、高校生時分の閑話でもしよう。 「というわけで…… こちらっ!」 ばっ、と釈迦郡が腕を振るった。示された先には小洒落ている飲食店があるが、それよりも彼女の謎の勢いのほうが気になった。 ひとまず、指し示された飲食店を見…

もうすっかり秋めいてきたので、高校生時分の閑話でもしよう。 海を眺めていた。海と砂浜の境界を。 白い泡が控えめに押し寄せ、砂地を撫でて帰っていく。とても原始的な水の揺らぎ。何億年も前から繰り返されてきたのだろうし、今後も繰り返されていくのだ…

もうすっかり秋めいてきたので、高校生時分の閑話でもしよう。 身内の容姿に言及するのは気味が悪い思いだが、姉である容のそれは、哲学の表現が誇張されたものではないと言えるほどに整っていた。媒体の中に存在する虚像達でさえ、彼女の足音にも及ばない。…

もうすっかり秋めいてきたので、高校生時分の閑話でもしよう。 哲学は一度だけ縁側から望める庭園に視線を移してから、「あの日も雨が降っていた気がする」と呟き、沈んだ声を響かせた。 「わたしはしばらくの間、一目惚れでもしてしまったかのように…… いや…

もうすっかり秋めいてきたので、高校生時分の閑話でもしよう。 一九九二年から実施された学校の週五日制は、私立を除く多くの公立学校に段階的に導入されているものの、学習指導要領ないし学校教育法施行規則には盛り込まれてはいない。従って、週五日制に法…

もうすっかり秋めいてきたので、高校生時分の閑話でもしよう。 比売宮は背の高い鉄柵に身体を預けて、悠然と空を背負いながら、両手を動かした。一定の手順に従って折り畳まれていくそれは、やがて形を成していった。紙飛行機だった。素材は朝のホームルーム…

もうすっかり秋めいてきたので、高校生時分の閑話でもしよう。 警察署での事情聴取から解放されたのは午後六時半だった。およそ二週間前に夏至を迎えたばかりなので、陽は依然として街を照らし続けている。日照時間の長さが否応なく夏の到来を予感させるが、…

もうすっかり秋めいてきたと思い込みたいので、高校生時分の閑話でもしよう。 「先程、あらましは伺いましたが、曽根弦一郎の事故についてもう一度聞かせてください。今度はもっと詳らかに」 剥き出しのコンクリートには数箇所ヒビが入っており、それだけで…

もうすっかり秋めいてきたと思い込みたいので、高校生時分の閑話でもしよう。 「手短に願いますよ。問題は山積しているのでね」 「手短に終えたいね。問題が山積しているのは、我々も同じだよ」 窓一つない狭い部屋に押し込められて、数十分…… ようやく現れ…

もうすっかり秋めいてきたと思い込みたいので、高校生時分の閑話でもしよう。 七月九日、金曜日。 銘々が好きなように食事を楽しんでいる校舎内は和気藹々とした空気に満たされていた。私も例に漏れず学食に足を運びたかったが、その前にどうしても外せない…

もうすっかり秋めいてきたと思い込みたいので、高校生時分の閑話でもしよう。 枕元に置かれたランプシェードの淡い光だけが、部屋を照らしている。沈み込むような暗闇の中で、目を覚ました。わずかに肌寒さを感じて捲れたタオルケットの端を左手で探そうとす…

もうすっかり秋めいてきたと思い込みたいので、高校生時分の閑話でもしよう。 家子が店長を務めていると言う『美容室ダンテ』は店内の照明こそ落としていないものの、客の姿はなく、既に営業時間は過ぎているようだった。ログハウスのような内装の店内には女…

もうすっかり秋めいてきたと思い込みたいので、高校生時分の閑話でもしよう。 繁華街の景色は黄金色に輝いていた。通行人も、街路樹も、眩い西日の中に浸されていた。隣に並ぶ釈迦郡の姿は、そんな街並みにあっても埋没する事なく、それどころか繁華街の何よ…

もうすっかり秋めいてきたと思い込みたいので、高校生時分の閑話でもしよう。 夢を見ていた。 どこまでも続いている、長い長い通路を独りきりで歩いている夢。とても暗く、静かな場所だった。直感的に実家だと理解した。根拠などなかったが、この通路の先に…

もうすっかり秋めいてきたと思い込みたいので、高校生時分の閑話でもしよう。 「いつまでも忘れないというのは、それほどまでに大切なのかね」 「あ?」 私の独り言のような呟きに反応したのは、自習という名の自由時間を利用して読書に勤しんでいる能仲だっ…

もうすっかり猛暑期を越えた…… はずなのだが、依然として暑いので高校生時分の閑話でもしよう。 携帯電話の登場は間違いなく人類のあらゆる進歩に貢献したと言えるが、私にとっては無用の長物でしかなかった。いついかなる時でも連絡が取れるメリットにばか…

もうすっかり猛暑期を越えた…… はずなのだが、依然として暑いので高校生時分の閑話でもしよう。 西高の応接室に奇妙な静けさが訪れた。息を殺す事が当然であるかのような錯覚を抱くほどの緊張感を伴って、全員の視線がこちらに注がれる。小金井や安良城は勿…