大学生時分

大学生時分の閑話をしよう。 私は連れられるままに繁華街の路地を歩いていった。雑踏が遠ざかっていくのを感じながら、廃ビルが建ち並ぶ一角に差し掛かると、潰れているボウリング場が姿を現した。そこに用事があるらしい。さらに手を引かれて、屋内駐車場の…

大学生時分の余談をしよう。サークル棟の三階…… 外階段の踊り場は不思議と誰も寄り付かないデッドスペースになっていた。数人の学生がたむろするにはうってつけのはずなのに、そこに訪れるのは決まって二人だけだった。一人は踊り場の手摺に身体を預けて、い…

大学生時分の余談をしよう。 ――― 古美門ホールディングス株式会社の代表取締役会長である古美門間人(ふるみかど はしひと)はその日、朝早くから札幌市の第二地銀である『北洋銀行』に呼び出されて、愛車のリンカーン・コンチネンタルで来訪した。車を専属…

大学生時分の長話も、今回で終わりにしよう。明日には帰る、というその夜。私は肉体的にも精神的にも追い込まれ尽くした、ここでの日々を思い返しながら、寝室で寝転んでいた。ふと柱時計を見て、思わず身体を起こす。いつも通りならば、そろそろ莇が訪れる…

大学生時分の長話をしよう。 呪指を作る作業は、その日も続いた。 「頑張ってください、糾さん」 死を撒き散らす暗い洞窟の中で、私がこの世のものとは思えない恐ろしい巨岩と対峙している間、莇は休む事なく祝詞を唱えて、時に声を掛けて励ましてくれた。 …

大学生時分の長話をしよう。昼ご飯の後、丁は親戚からアウトドア用の四輪駆動車を借りてきた。「山奥に入るのでな」まるで蜂の巣駆除業者ような恰好をして、丁はハンドルを握った。いかにもファッションに拘りのありそうな女性だったが、稗苗の里という古巣…

大学生時分の長話をしよう。次の日だった。私は『シトロエン2CV・チャールストン』なる車種の後部座席で揺られていた。赤いボディの、可愛らしい車だった。フランス製との事で、当然ながら左ハンドル。見た目よりも車内は広々としていた。ハンドルを握ってい…

大学生時分の長話をしよう。 それから私は翼と窪の三人で、駅の地下改札に向かった。時刻は深夜一時。つい先程、最終の電車を見送ったばかりだ。一応の正面玄関にあたる南北連絡通路の南口には立入禁止のテープが貼られており、北口からしか連絡通路には進入…

大学生時分の長話をしよう。 私は、暗闇の中に居た。 突然の事だった。だが、予期していなかったわけではない。落ち着いて周囲を見回す。ここはデパートの地下だ。誰か一人くらいは取り乱しても良い状況だというのに、辺りからは平穏な雑踏が聞こえてくる。 …

大学生時分の話をしよう。 その店は、札幌市の繁華街から程近い大通りに面していた。 映画館やゲームセンター、大型商業施設などが側にあって、平日の昼間にもかかわらず、若者達で溢れ返っている。 「――で、今日は一体何の用だ? また花嚴葦牙ゆかりの地で…

大学生時分の話をしよう。 その日、私は朝から札幌の東警察署に足を運んでいた。明け方近くに妹が誰かと喧嘩をして補導された、という電話が寄越された為である。まったくもって訳が分からないが、電話番号は確かに警察署のものだったので、無視したくてもで…

大学生時分の話をしよう。 「なあなあ。ええ喫茶店を見つけてん。客がおらんで静かで、コーヒーだけでどれだけ居座っても文句言われへんねや。レポート書くのんに最適。花塚君もちょいと行ってみいひんか?」 同じ理学部数学科の友人――駒延裕羊にそう誘われ…

大学生時分の話をしよう。 厚手のカーテンを閉め切った部屋に、その隙間から細い光が射し込んでいる。宙に舞い上がっている微かな埃が光の筋を浮かび上がらせて、わずかに汗ばんだ女性の肌を照らしている。形の良い胸から、引き締まった腰に掛けて描かれてい…

大学生時分の話をしよう。 私は、知識のない流派が相手という事もあって相応の距離を取り、慎重に両腕を構えた。 「左構え…… 彼は左利きか。それに、あの腕から指先まで覆い尽くしている包帯は何だ。凶器を仕込むにしろ、あからさま過ぎるが」 像守の呟きが…

大学生時分の話をしよう。 夏期休業を間近に控えた北星学園女子高等学校の正門前は、やけに騒がしかった。女子高は得てして騒がしいものだと言われたらそれまでなのだが、所謂“姦しい”様子ではなく、どこか不穏な喧騒に包まれている。 私は歩く速度を心なし…

大学生時分の話をしよう。 私が目覚めた時、低い天井が目に入った。 コンクリートが剥き出しになっている。身体はベッドに固定されていた。両腕・両足共に伸ばした状態で、革製の拘束具で縛り付けられている。 『やあやあ、お目覚めのようだね』 癇に障る声…

大学生時分の話をしよう。 私が目覚めた時、低い天井が目に入った。 コンクリートが剥き出しになっている。身体はベッドに固定されていた。両腕・両足共に伸ばした状態で、革製の拘束具で縛り付けられている。 『やあやあ、お目覚めのようだね』 癇に障る声…

大学生時分の話をしよう。 私は金縛りにあったように動けないでいる己に気づく。時間が動き出した、と感じた瞬間、机の上にある物を引っ掴んでから弾けるように部室を飛び出した。 「葛西!」 その怒号を反響するはずの壁が、目の前になかった。私の口から発…

大学生時分の話をしよう。 「律令国家体制が進んで、地方豪族の統治権が中央に収公されちまったんだ。その代わり、豪族連中は郡司(こおりのつかさ)として地方行政官を任された。花路氏もそうだ。だがまあ、実態は国司(くにのつかさ)って奴らの部下に過ぎ…

大学生時分の話をしよう。 次に向かったのは『花嚴葦牙公園』という場所だった。花嚴葦牙らしき銅像が中央に鎮座している。 「現時点で判明している事を要約すると、葛西真一は……」 翼は頷いた。 「ええ。現代まで連綿と受け継がれている葛西宗家の人間よ。…

大学生時分の話をしよう。 透明なガラスケースの中には、古びた木簡が展示されていた。縦書きの黒い文字が認められていたが、すっかり煤けてしまっていて読めそうにない。 そんな私の隣に居る女性――独語研究会の部長である天見翼は爽やか空色のワンピースを…

大学生時分の話をしよう。―――子供らの歓呼の声が聞こえる。奥座敷で目を覚ました老人は緩やかに上体を起こした。唐風の古い邸宅である。その老人はかつて、下級役人の子に生まれながら学者として立身し、六名の天皇に仕え、正二位右大臣にまで上り詰めた。の…

もうすっかり寒くて身体の節々が痛むので、大学生時分の話でもしよう。 私はその日、独語研究会の部室で漫画を読み耽っていた。 誰の私物なのか定かではないが、ここには見た事も聞いた事もないタイトルの少女漫画が幾つか置かれていた。何気なくそのうちの…

もうすっかり寒くて身体の節々が痛むので、大学生時分の話でもしよう。 私の前に現れた少女は、まだ高校生くらいに見えた。ツインテールの髪を真っ赤に染め上げて、半袖のジャケットを着ている。下は紺色のカーゴパンツに、動き易そうなスニーカー。 今更、…

もうすっかり寒くて身体の節々が痛むので、大学生時分の話でもしよう。 夢を見ていた。延々と、縄を登る夢だった。 地上は無風だったはずだが、ここまで高いと風が感じられる。その風の音と、縄の軋む音が聞こえ続けていた。掌に、ザラザラとした感触。私は…

もうすっかり寒くて身体の節々が痛むので、大学生時分の話でもしよう。 件の被害者の金子弥代(かねこ みよ)という名前で、二十五歳でOLをしているとの事だった。 病院に大人数で押し掛けるわけにはいかない為、翼と窪、そして私が代表として足を運んでいた…

もうすっかり寒くて身体の節々が痛むので、大学生時分の話でもしよう。 目薬騒動から三日経過して、独語研究会の部長である天見翼から招集が掛かった。近頃は声など掛けなくとも全員が自然とサークル棟三階の部室に集まるようになっていたのだが、改めて集め…

もうすっかり寒くて身体の節々が痛むので、大学生時分の話でもしよう。 「が、学部の先輩方から伝え聞いた噂話だけども、この藻岩山の麓にはかつて処刑場があったそうだ。もしかしたら、そこが終点かもしれないね!」 窪が、わずかに声を震わせながらも気丈…

もうすっかり寒くて身体の節々が痛むので、大学生時分の話でもしよう。 小羽の様子がおかしいのは一目瞭然だった。普段から決して騒ぎ立てるようなタイプではない。どちらかと言えば気怠そうに髪や爪を弄っては、携帯で友達とやらと連絡を交わしている事ばか…

もうすっかり寒くて身体の節々が痛むので、大学生時分の話でもしよう。 「おっす」 「ん」 繁華街の入口で小羽を見かけた瞬間、彼女もこちらを視認して声を掛けてきた。 「これからレコードショップに行くの。繁華街の中に品揃えの良い店があってさ」 「そう…