もうすっかり寒くて身体の節々が痛むので、大学生時分の話でもしよう。
私はこちらに向かってくる人間の顔を一人ひとり確認したが、ちゃんと両目を開けている。まだ片目の連鎖は始まっていない。一旦立ち止まって、頭の中で軽くシミュレートをした。
窪・鳥居が待ち構えていた北側出入口に幽霊が現れて、地下通路へと侵入する。南側から来た“見える人間”が幽霊とすれ違って、片目を閉じる。その幽霊の存在に気づいた最初の一人は、ひょっとしたら誰ともすれ違わずに北側出入口から地上に出たのやもしれない。しかし幽霊はお構いなしに連絡通路を南へ進む。そして通路の真ん中まで足を運んだとすれば、どうなる? 先程まで私と小羽が張り込んでいた南側出入口から歩いてきた“見える人間”は、やはり片目を瞑る。電車はもう稼働していない時間帯の為、改札に用はない。だからその二番目の人間は南北連絡通路を使って向こう側…… 北側出入口に向かうはずだ。通路の中央から北側出入口まではそれなりの距離がある。必ず誰かしらとすれ違う。何も知らない三番目の人間は、片目を瞑った人間に気づく。片目の道なる噂を知っているのならば三番目の人間も片目を瞑るだろう。あるはずのない脇道に迷い込みたくないから。「そんなものが現実にあるわけがない」と頭では理解していても、深夜という時間が、薄暗い連絡通路という場所が、強固な理性を恐怖で塗り潰す…… ヒステリーを起こす。やがて連鎖が始まる。そして完成する。幽霊が居なくなった後も続いてしまう、片目の道が。

「……居た」

片目の人間が居た。水商売のような風貌の女性が、恐る恐るといった様子で片目を瞑りながら歩いている。だが、北側からこちらに来ているという事は、片目の連鎖の二巡目以降。直接幽霊と遭遇したわけではない。用があるのは幽霊と直に遭遇した可能性のある一巡目…… 窪・鳥居が張っていた北側出入口に向かおうとしている人間だ。私はその女性の側を足早に駆け抜けた。
貧血による疲労感に苛まれながらも走り続けると、また居た。追い抜いた人間の中に、片目を瞑っている人間が。背広姿の男。こんな時間まで仕事していたのだろう。見るからに疲弊しきっていたが、その片目は閉じられていた。

「失礼。幽霊を見ましたか」

突然話し掛けられて、男は両肩を跳ねさせた。

「うおっ、か、カネなら、も、持ってない、です。すみません。本当に。あの、すみません」

カツアゲか何かと勘違いされている。
少しばかり傷つきながら、「幽霊を見ましたか」と繰り返し訊ねると、男はかぶりを振った。

「み、みてないよ。だけど、片目を閉じた人とすれ違ったから、それで」

「それは今しがた通った女性の事でしょうか。あの派手な出で立ちの」

「そ、そうそう。久しぶりだったからさ。あの噂、まだ残ってるんだなって。で、思い出したら怖くなっちゃって……」

「無事で何よりです。ありがとうございました」

幽霊と遭遇して片目を瞑った一巡目の人間は、とっくに地上へと出てしまっていると考えて良い。それを窪・鳥居の二人が気づいた。
私は頭の中で行ったシミュレートを再確認する。現時点で連絡通路の半分を過ぎており、北側寄りと言って差し支えない。ここまで進んできて二巡目の人間としか会えていないという事は…… 私が件の幽霊とすれ違っているはずではないのか?

「しまった。見逃したか」

もう北側出入口が目前まで迫っていた。そのまま階段を上って、地上に出る。拓けた空間が広がる。

「窪と鳥居は? どこに」

と言い掛けて背筋に冷たいものが奔った。周囲に二人の姿はない。幽霊を追って、連絡通路に入ったはずだ。入ったはずのに、すれ違わなかった。

「ふざけやがって」

私はスラックスのポケットに手を差し込んでトランシーバーを探ったが、小羽に渡したままだった事を思い出して、代わりに携帯電話を取り出した。

「小羽! 二人の姿がない。南側に来ていないか」

『え…… どういうコト? こっちには来てないよ』

「北側出入口まで走ってきたが、二人とすれ違わなかった」

『……糾が連絡通路に入ってから五分。流石におかしいね。アタシも下りるよ』

「ああ。私も、もう一度下りて確かめる」

再び階段を下りると、すれ違う人間のほとんどが片目を瞑っていた。連鎖が始まってしまったのである。しかし幽霊らしきものは見えない。窪・鳥居の姿も。ちょうど連絡通路の中央付近にある改札前で小羽と出くわした。

「小羽、二人は?」

「見てないよ、どこにも…… って、糾。アンタ、片目瞑ってないじゃん」

そう言う小羽はウインクでもするように器用に左目だけ瞑っていた。

「左目の視力だけ極端に悪いから、それで勘弁してくれるかと思って」

「糾の変なトコで楽観的なの、嫌いじゃないよ」

「それは有難い…… いや、今はそれどころではない。二人を探さないと」

「もしかしたら、あの二人も両目開けたまま幽霊を追いかけてっちゃったカンジ? それで脇道に入っちゃったのかも。存在しないっていう脇道に」

「なら、私が無事なのは何故だ?」

「まんまと両目を開けた人間を誘い込めて満足したから、脇道ごと消えた…… とか?」

「つまり、噂が正しいとすればあの二人は二度と戻ってこれないと」

「そん、な……」

珍しく小羽が言葉を詰まらせた。
私は自分自身の詰めの甘さを呪った。

「一週間も何をやっていたのかね、私は。真っ先に確認しておくべきだったよ」

踵を返して、電源の落ちている改札口を飛び越える。

「ど、どこ行くの」

「駅員に訊く事がある」

「こんな時間に? 誰も居ないんじゃないの?」

「有人の駅には必ず宿直業務を任された駅員が居る。地下のホームに駅員室があっただろう。そこだ」

「ちょっと、待ってよ。アタシ、走るの、得意じゃないんだから」

文句を垂れながらも小羽は私の後を追いかけてくる。確かに運動が苦手そうな印象だったが、今は彼女に遠慮していられる状況でもない。
折れ曲がった階段を飛び降りるように下って、静けさに包まれた地下鉄のホームに出る。駅員室は目の前だった。プレハブのような佇まい。扉の上部に設けられている擦りガラスは暗く、照明の類が灯っていない事を報せている。その扉をノックしながら、控えめに声を掛けた。

「すみません、どなたかいらっしゃいませんか」

反応なし。仮眠を取っているのか、本当に無人なのか。

「……小羽」

私は振り返って、扉のほうを指差す。荒々しく肩を上下させている小羽が駅員室を一瞥すると、彼女は言葉でなく、数回頷いて応えた。
壁越しに、居るのが見えたのだろう。
今度は遠慮なく声を張り上げた。

「すみませんが、急用です! 人命が掛かっています!」

すると暗い部屋の奥から眠たげな声が聞こえてきた。

「はいはい…… なんですか、営業時間外に。急病人?」

「この駅構内の連絡通路に脇道がありませんでしたか。御存じないのなら、図面を出していただきたい。一番古いのを」

「は、はあ? なにそれ。それのどこが人命と関係して」

「無駄話している時間はない。あるのか、ないのか。分かり易く頼みますよ」

扉が閉じられないよう一歩踏み出して、できる限り優しく訊ねる。

「ひっ…… あ、ある。あると思う、けど、でも」

「とりあえず、見せてください」

駅員が青ざめた表情で部屋の隅に置かれている棚を探り出した。
これでは本当にカツアゲしているようなものではないか。思わず漏れかけた溜息を噛み潰していると、ようやく息が整った小羽が傍らまで近づいてくる。

「どう? あの二人、助かる?」

「勿論」

根拠などない。だが、弱音を吐いても仕方がない。なんだかいつも自分自身にそう言い聞かせている気がする。 男は見栄っ張りで、強がり。私はその中でも格別だと揶揄した女性の姿が一瞬脳裏を過った。

「……結構、気に入っていたのに」

「なにが?」

「何でもない」

「あのう…… これで、いいですかね」

へつらうような笑顔を貼り付かせた駅員が抱えてきたのは見るからに古い紙質の図面だったが、彼はそれをぞんざいな手つきで駅員室の床に広げる。

「半世紀前くらいの図面なんだけど」

「脇道、ある?」

しばらく古い図面に齧りつく。すっかり日焼けしてしまって、あとから付け足したと思しき細かな文字を読み解くのは困難を極めたが、図面そのものに影響はない。

「あった。脇道と呼べる代物ではないが」

「どういうコト?」

「あの南北連絡通路自体が現在のような一本道ではなく、途中で折れ曲がっていたらしい。ここだ」

「あ、ホントだ。南側から北側へ向かう途中で、曲がり角がある。昔は北側出入口が別の場所にあったんだね」

「地下だから道を潰したのだろう」

私の言葉に、小羽が頷く。

「嫌な予感がする。この図面、お借りしても?」

「ああ、うん。原本は別に保管してあるから、君達の好きなように……」

「助かります」

頭を下げて、私は図面を片手に駅員室を飛び出して連絡通路へと向かった。

「まーた走るのー?!」

今晩で何度目か分からないが、また南北連絡通路に侵入する。流石にこの時間になると通行人の姿もほとんどない。図面の必要箇所を広げて、地面に埋められているブロック名を示すパネルと照らし合わせながら歩いていくと、ようやく目的の場所に辿り着いた。

「ここか」

「はあ、はあ…… か、壁しか、ないように、見えるけど」

「私にもそう見える。だが、何らかの痕跡があるはずだ」

私は壁の一部を叩いた。空洞のような響きはない。

「小羽、この奥は?」

「土しかないよ。人間が入れるスペースなんて…… って、糾! 危ないっ!」

「え?」

ドン、という衝撃。私はそれが自分自身に襲い掛かった衝撃であると気づく事すらできず、貧血に鞭打って動かし続けた身体は呆気なく倒れ込む。
倒れ込む? 何故? 誰かに押されたのか? 誰に? それに、どうやって? 壁が目の前に広がっていたのに、どうして倒れる?
疑問が次々と湧いて出てくる私の横を、真っ赤な衣服に身を包んだ女性が通り過ぎようとしていた。
まるで現実感のないそれが、音もなく。
幽霊。これが、噂の元凶。
私はすぐさま上体を起こして、振り返った。

「小羽」

しかし、小羽の姿はなかった。先程まで居たはずの連絡通路は異様なまでの暗闇に包まれており、人間の気配がない。

「なんだ、ここは」

私は、つい先程まで壁だった空間の中に居た。あるはずのない脇道とやらに入り込んでしまったのだと気づいた。自分自身の声が不気味に振動しながら拡散していく。纏わりつく空気に粘性があるかのようだった。
私の背中を押した女性の霊が進もうとしている先にも、通路は続いている。古い図面の通りに。その先に、見覚えのある背中が二つ。

「窪、鳥居……」

二人の後ろ姿は、女性の霊の遥か先にある。二人はゆっくりと前進しているようだ。しかし、行方が分からなくなってから相当時間が経っているはず。これは、一体どういう事だ。ここは時間の流れが緩慢なのか?
私は立ち上がって二人を追いかけようとしたが、身体が上手く動かない。空気が、まるで泥のように重く、蜘蛛の巣のように絡みついてくる。いや、泥どころではない。まさしくこれは土の……。

「ちくしょう」

私は口汚く悪態を吐いた。
今の私は、この場所が既に埋められて存在しないはずの地下空間だと認識してしまっている。本来なら、片目を瞑らず、道が続いていると錯覚したまま、幽霊の後を追いかけて虚構の脇道を突き進んでしまうのだろう。私もそんな彼らのように錯覚したままであれば、二人に追いつく事もできただろうに。たとえ行き先が、この世ならざる場所に通じていようとも。
なのに、私は気づいてしまった。この噂の欺瞞に。気づいてしまった事で、現実が、虚構を侵食しているのだ。
私は渾身の力で女性の霊の肩を右手で掴み、その歩行を妨害した。

「窪! 鳥居!」

懸命に振り絞った声は、二人に届いた。緩やかに振り返る二人。
時間がない。呼吸すらままならなくなっている。
脳が回転を速める。
怪訝な二人の顔。鬱陶しそうに私の手を払おうとする女性の霊。それでも、私は肩から手を離さなかった。メキメキ、と軋むような音が掌に伝わる。これを行かせては駄目だ。それは解る。しかし、この後は……。
脳が回転を速める。
戻ってこい、と言い掛けて思い留まる。説明できないからである。二人は私よりもずっと先に行ってしまっている。私の不用意な発言で二人が欺瞞に気づいたら…… 気づいてしまったら、もう戻れない。
脳が回転を速める。

『脳由来神経栄養因子――通称“BDNF”と呼ばれるタンパク質の濃度が高い。はっきり言わせてもらうと異常だ。基本的にBDNFの数値が高い事は喜ばしいとされている。記憶力の向上、アルツハイマーの抑制…… 人間にとって利点ばかりだが、これだけの濃度だと逆効果。正気を保っていられなくなる。恐らくだが、君の先天性相貌失認はこの異常なBDNFから身を守る為の防衛機制だったと考えられる。他者の外見的情報を無意識に遮断して、バランスを取っていた。だが、幸か不幸か…… 今の君はそれを克服してしまった。これがどういう結果を生むのか――』

いつだったか、私の認知機能テストを行った脳神経内科医の言葉が再生される。
脳が回転を速める。
後悔していた。二人の事を、もっと知っておけば良かったと。もっと知っておけば、こういう時に掛けるべき言葉の最適解が瞬時に弾き出せたはずなのに。
脳が回転を速める。

「件の脇道を見つけた。本当に存在していたらしい」

私は泥濘に嵌ったような腕を無理やり振り上げて、図面を掲げて見せた。見えなくても良い。二人の関心を惹く事が重要だった。この欺瞞に気づかせず、尚且つ、二人のほうからこちらへと戻ってくるような言葉。

「ほんとう、ですか。はなづかさん」

鳥居の声が酷く間延びして聞こえる。

「なんてことだぁ。ボクとしたことがぁ、まったく、わからなかったよぉ」

窪の声は一層間延びしていた。

「せつめいする。だから、こっちへ」

限界だった。最後の力を振り絞って告げると、私は脇道から本道へと転がり出た。その境界線を潜る瞬間、貧血とは別物の倦怠感が全身を駆け抜ける。
その先に、驚いた表情の小羽が待っていた。彼女は力なく崩れ落ちそうになる私を抱き留め…… られずに、一緒に床へ倒れ込んだ。

「糾! 無事なの?! 何ともない?!」

「……恐らく。私は、どうなっていた?」

「どうって、なんか変な女に押されて、壁に飲み込まれて…… なのに何も見えなくて。死んだかと思ったよ…… あ、二人は?」

「戻ってくるさ。ほら」

壁の中から声が聞こえる。

「花塚さん? どこですか」

「酷いな、急に居なくなるなんてっ!」

そして無機質な壁の中から、ずずず、と人間の形をしたものがすり抜けてくる。

「あ、こちらに…… どういう状況ですか」

鳥居が怪訝な顔で見下ろしてくる。
どういう状況も何も、私の身体の下に、小羽が居るだけである。

「おっと、鳥居君! これはアレだよ」

「違う」

要らぬ誤解と気遣いをされる前に、否定する。

「……よく解りませんが、花塚さん。それは?」

案の定、いまいち理解していない鳥居は私の右手を指差した。その指し示されたほうを見やると、私の指先に赤い布切れが絡まっていた。引き千切られたかのようなそれは、土に塗れて汚れている。

「これは…… 遺品かな」

「遺品? どなたのです」

「まあ、気にしなくて良い。終わった事だよ」

空笑いを作って誤魔化す私の側を、未だ片目を瞑った人間達が、いつ終わるとも知れぬ連鎖を続けて、歩いていた。

―――

「なるほどね。結局、片目の道の行方は追えなかったと」

「ああ。つまり、儀式とやらは失敗。独会への入会は取り消しで」

翌日、独会の部室で私は翼に顛末を報告した。

「取り消すわけないでしょう。行方こそ追えなかったものの、構造は紐解いてくれたし、たぶん幽霊も二度と現れる事はないわ。合格よ。おめでとう」

白いワンピースの胸元に花飾りをあしらっている翼が、独会の特等席に腰を下ろす。

「合格? 窪と鳥居が死に掛けたというのに、悠長な…… 妹の小羽も一歩間違えば命を失っていた」

「小羽に関しては大丈夫。あなたの側を離れたりしないでしょうし、とっておきの御守りも持たせてあるから。鳥居ちゃんも、ちょっと危なっかしいところがあるけれど、自力で戻ってこられたはずよ」

「窪は?」

「…………」

翼が、あからさまに閉口した。
私は項垂れずにいられなかった。

「なんて不憫な男」

「いえその、怖がりな窪君が最後まで一緒に行動するなんて考えてなかったから…… ところで、存在しないはずの脇道の先へ進む二人に掛けた言葉は、的確だったわね。手放しで称賛するわ」

「話を逸らすなら、もっと自然に頼むよ」

翼は私の言葉を受け流して、優雅に足を組んだ。

「考えなしに、『こっちに戻れ』と伝えていたら大変な事になっていたでしょうね。十人居たら十人そう言ってしまいそうな状況なのに、あなたはそう言わなかった。二人は、連絡通路の北側から南側へと向かう一本道を歩いていたつもりだった。それなのに、南側に居るはずのあなたが後ろから現れたんだもの。きっと混乱したはずだわ。その時点で、勘の良い人間なら自分達が虚構の空間に迷い込んでしまっていた事に気づくかもしれない。だからあなたは、『本当に脇道があった』と嘘を吐いた。欺瞞に気づいてしまった可能性も考慮してね…… 自分自身の命も危うい状況下、一秒すら無駄にできない本当の土壇場。それを見事に乗り切ってみせた。あなたは胸を張って良いのよ?」

「いかに誉めそやされようと私の気が晴れる事はないな」

「もう。そんな駄々を捏ねないで。だったら、あなたはどうしてほしいの? 何がお望み?」

改めて問われると難しい。今現在、私には望むものなどない。欲しいもの、望むものをすべて捨て去って、この街に訪れたのだから。

「……そういえば」

「なあに?」

「指摘する間もなかったから、あえて今の今まで黙っていたが…… いつの間にそんな淑やかな喋り方に変えた? 酔っ払いを装っていた時のような、下品な言動はどこへ?」

すると翼は小さく頬を膨らませて、特等席から立ち上がった。

「あれは! あなたに近づく為の偽装で! そんな事はあなたも解っているでしょう?! 本来、私はこういう人間なのよ!」

「偽装ね……」

ぼんやりと翼の首元を見つめた。今もなお、その白く細い首には黒々とした痣が残っている。私の左手を合わせれば、ぴったりと一致する痣が。
その時、私の口はほぼ無意識に動いた。

「望みとは多少違うが、一つだけある。やりたい事が」

「あら。叶えられる事なら何なりと」

「その痣」

私は、ゆっくりと翼の喉元を指差した。

「いつか、左右対称にさせてくれないか」

「……私を殺したいという事かしら」

違う。いや、結果的には違わないのやもしれないが、きっと似合うと思う。
それが、その痣が左右対称になれば、まるで。

「翼のように見えるだろう?」